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今、会社を辞めようと考えている人へ。


「辞めたい」その理由は、別の会社に移っても起こりそうなことでしょうか?

ほかには例えば、ケアマネの試験に合格したから居宅に移りたい、

福祉以外の資格を取得したからその道に進みたい、

・・・様々ですね。


例えばあなたが面接官ならば、あなたを採用するでしょうか?


「あなたを活かせる職場かどうか?」が大切かもしれません。

by miyabinahiro | 2018-07-28 12:22 | message | Comments(0)

おべんきょう^^


会社法なる法律を勉強し、何度も読むけれど「・・・わからない。」

毎晩、ipadで
YouTubeにて1時間くらいの講義を聴きます。

でもね、繰り返して聴いているとストンと理解できる瞬間があります。


11科目は本当に多いです。

民法は1,044条まであります。

民法の相続は抵抗がありますね、

私の残念で哀しい歴史そのものが過去問にありましたから。


ま、大の苦手な数学や物理化学を勉強するわけではないので苦痛ではないです。

あとは持久力・・・だな^^










by miyabinahiro | 2018-07-24 18:37 | Comments(0)


今、面白いTV見ています。

(勉強はちょっと中断^^)

「お金のモメごと 解決します。」ですって^^


恋人だから・・・と、お金を貸す理由は何かな・・・?

先ず、男性がお金を貸してというシチュエーションは、

私の人生にはありません。

貸す余裕もないですし。

例えあっても貸しません。

何より、女性にお金を貸してと言えるその男性の神経を疑います。

「惚れた弱み」がそうさせるのでしょうが、

私は弱くありませんので、そこまで惚れません。


今は特に、時間がもったいないので男性のためにお金も時間も使いません。


あ、番組の中で「養育費の回収」について説明がありましたが、

あくまでも元夫が給与を貰っているサラリーマン、公務員に適応するものです。

個人事業主で給与を支払う側、

また不動産動産等の資産そのものがない元夫からは回収は厳しいと思います。

元妻に告げていなかった預金がある場合は、

銀行1行につき、経費1万円で弁護士の権限で預金残高を調べてくれます。

それから「強制執行」へと進みます。


素人が闇雲に裁判所を訪ねて救いを求めるよりも、

「法テラス」に相談し、弁護士を紹介して貰うほうが賢明です。

弁護士の力は想像するより遥かに偉大です。


法テラスは母子家庭に優しいですよ。



今ならば痛いほど理解できますね、

「結婚とは惚れた腫れたでするものではない。」と^^





by miyabinahiro | 2018-07-20 21:57 | Comments(0)

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疲れたら帰っておいで^^

ここで待っているから。



by miyabinahiro | 2018-07-17 20:43 | message | Comments(0)

根抵当権・・・


一般知識としても必要な物権の知識だと思います。






介護の話題はどうした?・・・とのコメントがありました。

自分の老後対策として法律を勉強しています。


いいじゃぁないですか、

自分の老後を人に頼らないようにするには?

これも介護の一環ではありませんか。



by miyabinahiro | 2018-07-16 12:25 | 法律 | Comments(0)

変化^^


出逢いが限られている日々に生きていることに改めて気づきます。

法律に詳しい人と話すと全面降伏といいますか、

へぇ・・・そうなんだ・・・と新鮮ですし、驚くばかりです。

「あたまいいなぁ」と尊敬します。

初学の時代はあったのだろうか。


今まで拘っていたことに関心がなくなる瞬間がありました。

腹が立つことを言われれば、

内心「このやろぉ 133.png」と思いますが、

末代までもとは思えない。


一人になるとね、大体が良いほうに考えない私は、

つまりは自分自身を苦しめていたのね。

ずーっと悩んでいるわけだから疲れるの。


今はね、先ずは悩む原因を作らないようにしています。

仕事をしやすい人間関係を如何に構築するか?

そのほうが建設的だな。

あいつ気に入らないと思えば相手も「お前、気に入らない」になるのでしょう。

あいつを気に入る必要もないけれど、

家に帰ってまで「気になる、または気にする存在」にしないこと。


家にいるときはほぼ机に向かっていますから、

悩む時間は無駄なの。


土屋武大先生が素敵だから勉強をがんばれます。







by miyabinahiro | 2018-07-12 22:49 | Comments(0)

犬型派 違う型派


以前記事にしたことがありますが、

血液型のことです。

血液型で相手を判断するのは「人種差別」に匹敵するそうです。

私は未だに誰にも言いません。


血液型とは、輸血が必要な事態でも起きない限り知らなくて良いからです。


血液型で相手を差別化するほど「あんたは上から目線か?」と思いますし、

先ずは相手のかたに失敬千万でしょう。


が、

人は「犬型派」か「そうでない型派」はあると思います。

人が犬に劣るという意味ではありません。

現に、動物に人は救われるのですから。


単純で素直、相手を疑わない、簡単に尻尾を振る、そっと歩かないなどなど。

または、人を信用しない、音をたてない、こっそり動くなどなど。

でも実はどちらも頭が良い・・・

これらってその人によって異なるものです。


相手がイヤがらない範囲で、

生きて来た軌跡を黙って聴いてみるのも良いでしょうね。


ま、血液型なんぞで「せまーい」視野を自分に課すより、

そして「相手の全体像」を把握できないなら、


くっだらない 


血液型判断なんぞをしないことかもしれませんな。












by miyabinahiro | 2018-07-11 05:59


法律に関する事例


病院や施設で身元保証人として署名した場合の責任について説明します。


【事例】
利用者が緊急入院したとの連絡があり、病院に駆けつけたところ早急に手術が必要であり、手術と入院に関する書類への家族の署名が必要であるとの説明があった。
家族や親戚がないことを告げると入院に関する身元保証人を求められ、書類にサインをして入院の手続きを行った。

【注意点・留意点】
今回の事例は、身元保証人になったことが直ちに法律に抵触するわけではありませんが、身元保証について誤解が生じないように注意する点を整理します。


○身元保証について

入院や施設入所で「身元保証人」と言われるのは原則的「1.身元引受人」と「2.保証人」の2つの契約になります。
1.身元引受人とは、死亡時などの本人や遺品などの残置物を引き取る契約であり、2. 保証人については費用の保証を行なうことになります。
入院や施設入所で「身元引受」と言われるのは残置物引取、ならびに入所・入院費用の債務について保証するという意味で使用されることもありますので書類の内容を十分に確認することが必要になります。


○法的根拠

身元引受(身元保証)という言葉は「身元保証ニ関スル法律(昭和8年法律第42号)」において定められており、就職などで事業主との雇用契約のときにのみ定められています。
入院や施設入所時の身元引受人については法的な定めはありませんが、書類にサインすることにより契約としての責任が生じますので十分な注意が必要です。

利用者などの第三者の身元引受人や身元保証人に個人でなることは相当の責任が発生することを覚悟しなければなりません。
身元保証人としての行動を求められても責任が取れない場合には法に反することになります。
身元保証などの言葉は曖昧な状態で使用されていることも多く、家族や親族であっても身元引受人になることを強制されることはありません。
第三者に身元保証人を求められても身元保証人にならなければならないという責任はないということも理解しておく必要があります。



参照:ケアマネドットコム


by miyabinahiro | 2018-07-08 09:25 | ケアマネ関連記事 | Comments(0)


この度の死刑執行につき、どのように受け止めようかと考えました。

坂本弁護士とご家族の尊い命がどんなに残酷な方法で奪われたのか、

またその後の事件を改めて詳細に知り、

死刑以外の選択肢はなかったと思われる。


一人の生命は地球よりも重い

9月の声を聞くと、思い出す大事件があります。39年前の1977年、日航機がハイジャックされ、バングラデシュのダッカ空港に強制着陸させられました。犯人は、日本政府に拘置・服役中のメンバーの釈放と高額な身代金を要求しました。拒否すれば、人質となった乗員、乗客を殺害すると。

 苦渋の決断を迫られた政府は、超法規的措置をとり、要求に応じたのでした。その時、当時の福田首相がつぶやいた一言が、「人の生命は地球よりも重い」でした。

 実はこの言葉は、敗戦直後の新憲法のもとで、死刑の是非が争点となった最高裁判決の冒頭部分にも「生命は尊貴である 一人の生命は、全地球よりも重い」と使われています。判決文を書いた真野毅判事は、明治の多くの人々が愛読した『西国立志編』(中村正直著)の序文から引用したと、後に明かしています。

 「一人の命は全地球よりも重い」は、明治以来ずっと、日本人の心の中でこだまし、問いかけてきた言葉なのです。殺(サツ)の時代とまで言われる今日、私たちはこの言葉を問い直し、日常の生き方にどう関わるか考えてみたいものです。
 
myoshin1609b.jpg 炎暑真っ盛りの早朝のことでした。朝から喧しい蝉の鳴き声が、室内までも響きます。妻が玄関を開けて、一歩踏み出した途端、グシャリとした感覚が足に伝わりました。その瞬間、鳴き声がピタリと止まったのです。庭木に留まって鳴いているとばかり思っていた蝉が、三和土(たたき)の上に見るも無惨な姿となって潰れていました。永年月の地中生活から出て、地上で生を謳歌しようとしたであろう蝉の生命を断ってしまった悔恨の念が、妻から離れません。

 人間は勿論、動物も虫も植物もかけがえのない生命を生きています。生命を奪うことは、それぞれが自分を躍動させていくであろう可能性を断つことであり、今、自分に来ている生命の集積、更に次へ継承する生命の連鎖を閉ざすことになります。予期せぬこととはいえ、妻の後悔の大きさがわかろうものです。


 盛永宗興老師は、命について次のように示しておられます。

限られた個体が存在し続けている間が生命なのではなく、明滅しながら、生まれ変わり死に変わり、色々な形に変化し、雲となり、水となり、空気となり、(中略)木となり、草となり、人間となり、猿となり、ありとあらゆる現象として現われながら、その〈命〉がずっと動いている。

(出典:盛永宗興編 1994年『禅と生命科学』紀伊國屋書店)

 一つの生命を通して命の根源を見つめると、生命を生命たらしめている"大いなるいのち"に気づきます。この大いなるいのちにめざめ、すべてのものを生きとし生けるものと拝むことができる日常底こそ、一人の生命の重さを実感して生きることであろうと思うのです。


静岡県 ・富春院住職  鈴木眞道



by miyabinahiro | 2018-07-07 10:18 | Comments(0)