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札幌市 2才女児「衰弱死」




溜息が出ます。

悲しいです。


亡くなった2才の女の子に言ってあげたい、

「毎晩化けて出るのよ、お母さんが貴女を忘れないようにね。」


愚かな母親と馬鹿な男に会えるなら、

是非とも言いたい、

・・・やはりやめます。

何も伝わらないから。

Commented by hasi at 2019-06-09 18:19 x
makoさん、こんばんは!
またしても、幼い命が失われた痛ましい事件。
今度は札幌ですね…

以下は、私が炎上覚悟で、自分のブログに投稿した内容です。
ごめんなさい、こんな失礼なコメントを…

児童相談所と警察の関係強化が必要とされるこの頃。
しかし、札幌の事件では、警察は現認したにもかかわらず、虐待事案ではないと判断しており、警察が介入する意義が早速否定されたと思っています。
なのに矛先は警察ではなく、同行訪問を児相が拒否したとかの方向へ。

児相が警察と同行訪問したら、その後、児相と保護者の関係は遮断されるでしょう。
捜査機関と一体の児相に、保護者がその後接触を求めるなんて、よほど自分で悲鳴をあげる力がない限りは無理。

警察は必要時、児童の身柄付き通告、つまり、児相に子どもを保護して送り届けて通告することもできるのです。
自ら判断して、児相に強制的に関わりを求める力があるのです。
同行訪問の必要性がわかりません。



今回、私が思ったこと…

警察が児相と虐待事案で連携する意味は何か?
全く視点が異なるのです。

児童福祉の観点から児童を必要に応じて保護する一方で、保護者の背景にも視点を置き、繰り返さないための支援をする児相。
(もちろん理想論で、それができていると言えるには程遠い状況の児相が多々)

警察は、処罰的な視点で捜査をします。
児童虐待は犯罪。
児童を救うために保護者確保をするならまだしも、今回は被虐待児童を見抜くことさえできない知識しかないことが露見しました。
「児相に同行を求めてもしなかった、だから事件が起きた」などという捜査機関と連携しても、子どもは救えない。

警察と連携を…というなら、警察がもっと謙虚に、児童虐待とは何かまず学ぶべき。
高所から見下ろして、児相ができないから連携してやるんだなどとは、間違っても考えないこと。


ごめんなさい、私がいた児相には、そんな不埒な警察官がいたもので😅
Commented by miyabinahiro at 2019-06-10 21:05
hasiさん、ありがとうございます。

読み返しました。なんども。


仰る通りだと思います。


昔々、今ほど警察を信用していなかった頃、

「警察は犯罪を出さないようにする存在」だと聞いた事がありました。

そう認識している警察官はどの程度いるでしょう。


職業は「役割」であり、

役割で繋がらなければ其処に信頼は生まれないのでしょう。

唯一、助けてくれる存在だった筈の警察が去り、

虐待された子供は絶望しかなかった。

2才の子供の心に、

警察と言う大人と親という大人はどう映ったことでしょう。

本来ならばどちらの存在も安心できる筈でした。


2才の子供の記憶には残らないのか?

希望を持てない環境を与える残酷な親、

笑顔を許さない問題外な親、


「その子供」の表情を見れば只事でないと気づけないなら、

警察である以前の教育が急がれます。



愛する札幌で起きた事件と知り、非常に心が痛みます。

この母親がまだ生きるなら、

死ぬ以上の後悔と苦しみに出逢うことを願います。















by miyabinahiro | 2019-06-06 22:06 | 事件 | Comments(2)