ケアマネmakoのひとりごと

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spoil

1986年、渡辺淳一作品「化身」という映画を観た。

当時まだ26才だった黒木瞳が出演した。

映画の中で、

長い髪をバッサリ切り、

ショートヘアで空港に姿を現した黒木瞳は鮮やかだった。


宝塚出身の女優は成功しないケースが多いが、

黒木瞳はそのジンクスを破った女優。


黒木瞳は、男性にも女性にも非常に人気があり、

非常なほどの作品に出演している。


黒木瞳の娘とは母親に似ているのだろうか。

青山学院の中学生なのだそうだ。


私は週刊誌は読まないので、

事実がどこにあるのかは疑問ではあるが、

事件内容が確実であるならば、

その中学生の娘は母親の顔に泥を塗ったことになる。


私自身、決して品行方正な生き方をして来てはいません。

私の母の顔に泥を塗りつくした過去があります。



だからこそ思うことは、

黒木瞳の母親としての倫理が問われている事件である。

また、その娘は生き直すチャンスが与えられている。


起こしてしまった事実を財力で覆い隠すことは賢明な道ではない。

財力とは他者の幸せのために使ってこそ意味を持つ。


親というのは子のためならば盲目にもなる。

例えばそれが愚かな道であったとしても、

その道を歩んでしまうものかもしれない。


しかし、結果としてspoilすることは愛にはなり得ない。


愚かであるなら愚かなりに、

その愚かな自分を他人の瞳を通して見つめてみるといい。

そうすれば右へ歩めばいいのか、左へ歩めばいいのかが見えてくる。


愛とは相手をspoilするにあらず。


先ずは形振り構わず謝罪すること。

人として生くる順番を教えられるのも親だからこそです。


「人(命)を傷つければ必ずわが身に還ってくる」ことを、

教える義務と役割が親にはあるのですから。


子供に本当の意味で苦労をさせたくないと願うならば、

愚かな親を演ずるよりも前に、

物事には順序もあることを伝えて行かねばなりません。


馬を買う前に鞍を買うことを、

背中で伝えてはならないのです。


愛があるならば・・・です。

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by miyabinahiro | 2012-08-25 22:19 | Comments(0)