逃がした魚は本当に大きいの?


逃がした魚は大きい

【読み】 にがしたさかなはおおきい

【意味】 逃がした魚は大きいとは、一度手に入れかけて失ったものは、実際よりも大きく(素晴らしく)見えるものだということ。

【逃がした魚は大きいの解説】

【注釈】 三寸ほどの鯛でも、釣り落とせば目の下一尺の鯛に思えてくることから。

「逃げた魚は大きい」ともいう。

「魚」は「うお」とも読む。


手に入れそこなったものは、惜しさが加わって、実際より価値があるように思われるものである。

釣り落とした魚は大きい。



出典;「逃(に)がした魚(さかな)は大きい」意味 故事ことわざ辞典より



面白い記事を見つけました。以下、



言葉通りに理解すると、自分を振った彼は将来有望な大物という感じですが、

諺の通りに解釈すると、

「逃した魚は大きい」とは、自分の手に入らないものは、小さいものでも

大きいものだと思いこみやすいという意味なのだそうです。

全然逆じゃん・・・という感じですよね!?

実際は自分が想像してるものよりたいしたことないってことですもんね。


よく振られた女性が綺麗になって彼に見返してやるわという意味で、

「逃した魚は大きいと思わせたい」ということを口にしますが、

これって、言葉通りにとると、

「実はすっごい魅力的な女性だったんだと彼に後悔させたい」ことなんでしょうけど、

諺を踏まえて理解しようとすると、

たいしたことない自分を素晴らしく見せたいってことでずいぶん無理矢理のような気がします。

逃した魚は大きいの意味、諺をみなさんわかっていて使っているんでしょうか。



以上。


つまりはそういうことなのでしょう。

仮にね、

自分の前から去って行った女性や男性がいるとして、

その人が今でも去らずにそばにいてくださっても、

自分には抱えきれない存在だったのではないでしょうか。


相手だけが我慢してしまう、

自分だけが我慢する・・・

そういう関係ならば破綻してしまうのも無理からぬことです。


人には「言葉」や「心」があります。

その最大の知恵(言葉や心)を駆使しても尚、相手が去るならば、

涙を呑んで相手を見送りましょう。


「ご縁がなかった」のではありません。

「縁」のせいにされたのでは「縁」も立つ瀬がありません。

ご縁がなかったのでなく、

自分に原因があるのです。


自分とは、

「あなた」、そして「相手」のことです。


双方が努力もせずに実らなかった何かならば、

最初から実らなかった恋なのです。

あきらめましょう。

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by miyabinahiro | 2012-07-29 09:06 | 学習 | Comments(0)