ケアマネmakoのひとりごと

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虎なmakoです。

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愛をこめて


心(魂)の恩人のHPで、

「上司とリーダー」についてのエッセイがありました。


「上司」とは

仕事上の指示や支持を出し

最大限部下を有効に活用し仕事を遂行させるかが問われる

しかし

「リーダー」は違う

「リーダー」とは

人を奮起させ やる気を起こさせ

自らが先頭にたち 自身の志しを持ち

時に苦悩の中でも光を見出す事の出来る存在であるかが問われる

大局に立ち物事を推し進める事できる存在である


つまり

チリで33人の魂を励まし続けたのは

「上司」ではなく

『リーダー』だったのだ



やはり、私のリーダーとは「心(魂)の恩人」なのだ・・・と。

私が彼と出逢うことは定められていたと今でも思います。

彼からのメッセージがなければ、

私は今のような考え方はしなかったと確信しています。

彼は「私は気づきのきっかけです。」と言いました。

確かに「きっかけ」だったと確信しています。


彼に出逢い、

「与えることが愛」であるのを学びました。


母が人生の半世紀を迎えようとしていたときに、

こんなことを言いました、

「人生50年なんてあっと言う間よ。」と。


半世紀も50年も同じ年月なのに響きが異なります。

半世紀と聴くだけで重い感じがするようです。


自分を中心に相手を善い悪いと裁くことに慣れ、

「悪いことはぜんぶ相手に原因がある」と思うことに慣れ、

誰かのために生きることを損だと言い張り、

「世の中は損得勘定で成り立っている」と思うことに慣れ、

自分さえ良ければいいと思うことに慣れ、

「他人の不幸は楽しい」と思うことに慣れ、

されてイヤなことをすることに心が痛まず。

・・・そういう生き方に、

疑問を持たずに時間だけが流れた半世紀の人生とは、

きっと珍しいものでないのでしょう。


自分の親がそうだったから・・・と、

半世紀を生きた人間が、

懲りずにまだ親の所為にするのです。


気づかない人間が子育てをするから、

その子供が同じことを繰り返して行きます。


それでも「子育て」なのだと・・・


私の心の上司は札幌時代の有能な女性ただ1人です。

厳しさは相当なものでしたが、

愛が伝わっていました。


「相手の話し(言い分)を聴く」姿勢がありました。

「されてイヤなことをしない」姿勢がありました。

「自分の言葉に責任を持つ」姿勢がありました。


「私が言っていることは特別なことですか?」

そう穏やかに言った女性でした。


上司である以前に「人として」の姿勢を表した女性でした。


彼女を「上司」の基準にしているのではなく、

彼女が今も私の唯一の「上司」です。

年齢だけを見るならば彼女は私より7歳下です。

人は年齢ではないことを今更のように知りました。



気づかずに時間だけが過ぎて行った半世紀も、

気づきが伴った半世紀も、

同じ半世紀です。


リーダーと名前がついたリーダーや、

上司と名前がついた上司を知っています。


「私には愛があります。」と言いながら、

行動が伴うことがない人間がいます。

それは、

部下の言動は「私の言動です。」と言えない理由に答えがあるのでしょう。

愛など微塵も存在していないから、部下を守れないのです。

それすらも気づかない人間を、

それでもリーダーや上司と呼ばなくてはならなかった部下が、

見切りをつけて去って行くのは不思議な現象ではありません。


「私には愛があります。」ではなく、

「私には誰にも負けないエゴがあります。」が的を射た心情でしょう。

なぜなら、愛はエゴで変化するものではないのですから。

よって、初めから愛など存在していないのです。



「役割」を知らない人間が、

上司だのリーダーだのと、

肩書きを持つ理不尽さに疑問すら持たない哀しみがあります。


「社会ってそういうものだから」

そういう人が部下にいる哀しみがあります。


破綻してしまったことにすら気づかない上司と部下の関係に、

双方が気づかないのだから疑問も起きないのでしょう。


コムスンの事件を教訓にできない会社が今も存在します。

コムスンの全盛期や衰退時期など、

私よりも詳しい人がいることでしょう。


過去の歴史から学べない会社が存在しています。

人を人とも想わない人間が上司でいる以上、

コムスンの二の舞になることなど火を見るより明らかなことです。


人生50年を過ぎても気づけば修正できるものです。

それなら「私の軌跡を否定しなければいけないの?」

・・・否定するのではなく、

あなたの人生を肯定するために「気づき」があるのです。


生涯気づかずに人生をまっとうするも、

気づいて人生をまっとうするも、

あなたの選択です。


愛とはエゴで変化しないのですよ。

エゴは愛ではないのですから。


あなたに愛が僅かでも伝わることを願います。


愛をこめて。
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by miyabinahiro | 2010-12-31 15:02 | 気づき | Comments(0)

お心遣い


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子どもの親友のお母さまが届けてくださいました。

こちらの名物「のっぺ汁」と「大根のなま酢」です。


嬉しいものですね・・・


本当に素敵なお母さまと息子さんです。

こちらに来て初めてですね、

「女優かな?」と見間違うほどの美人な女性とお会いしたのは^^


教育者でいらっしゃるのですが、

とても謙虚でいらして、

「美人とは顔の美しさと心が比例する女性を言うのね・・・」

自然にそう思いました。


息子さんとわが息子は善きライバルであり、

お互いを高めあっています。

私の子どもがつらいときも嬉しいときも、

傍にいて支えてくれた大切な子どもの親友です。

母親同士も、

「同じ高校に行って、末永いおつきあいをして欲しい」と願っています。


お母さまは、こちらの国立大学出身です。

私が通った大学にもマドンナ的な女性がいました。

きっとそんな女性だったのかな^^

才色兼備な女性は存在するものですね。


子どもにこう言いました、

「ママは不良だったから、

 まったく違う時間を過ごしてきたのね、

 不良と才媛が時空を超えて出逢ったわけね。」

すると子どもがこう言いました、

「ママのことは知っているみたいだよ。」


・・・ますます嬉しくなりました、

それでもおつきあいしてくださるお母さまに、

心から感謝いたします。
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by miyabinahiro | 2010-12-31 11:52 | 子育て | Comments(0)

Corgi Flop 2





「自分もできるようになりたい・・・」

勇気を出すことから始まり

練習して練習して習得できるようになり

それが自信にるながるのね


何ごとも同じかな

正しく指導する先人がいて

その先人は愛を持ってサポートをしてこそ

あとに続く人を育てていけるものだから


愛があるからこそ心が育つのだから



以下のアドレスもご覧ください^^

http://www.youtube.com/watch?v=glii-
kazad8&feature=channel

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by miyabinahiro | 2010-12-31 11:20 | Comments(0)

Kevin Richardson



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by miyabinahiro | 2010-12-30 19:26 | Comments(0)

Long and Winding Road


兄が好きだった曲です。


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by miyabinahiro | 2010-12-30 17:40 | 好きな曲 | Comments(0)

愛をこめて


ある芸能人が自叙伝なるものを出版しました。


私が手にした芸能人の自叙伝が1冊だけあります。

私は山口百恵さんの大ファンですから、

彼女の「蒼い時」という本を購入して読みました。


他の芸能人のものは、

書店にて稀にチラっと立ち読みする程度です。

対価の価値がないものでも、

文章のセンスがないものでも、

「本」という姿になっていれば「本」ですが、

慶応義塾大学出身と言えども、

小学生の方がもっと上手い文章を書くだろうに・・・

そう思えるものもありました。


さて本題です。

そのある芸能人は離婚し、

子供と2人で生きて行く決意をしたそうです。


離婚という結果も確かに原因に続いたものです。

子供の為に離婚だけは避けたかった・・・そうで、

子供が「今は生き甲斐」なのだそうです。


非常に滑稽(こっけい)な想いをわざわざ文字にしたものだ・・・と。


今更のように「子供の為」というその心情によって、

彼女の結婚生活の矛先が見えたようでした。


子供を授かったなら、

子供の為に生きるのは不思議なことだったのでしょうか。

いいえ、彼女は「母親」ではなかったのでしょうか。


父親らしき男性と母親らしき女性が、

ただ「同居」していたとでも言うのでしょうか。


夫の暴力に耐え、夫の女性関係に耐え・・・

「子供の為に別れない」という屁理屈が、

その女性の心に存在する限り、

その「子供」は不幸な想いをして成長するのです。

子供に父親の批判をするなどは「母親として問題外」です。

また、家の外にまで行って母親(女房)の悪口を吹聴するなど、

私が最も忌み嫌う男性の姿です。


暴力に耐える母の姿や、

女性関係に涙する母親の後ろ姿を見て育つ子供の哀しみなど、

微塵も考えられない愚かな人間の姿がそこにあるだけです。

すでに「親の役割」を放棄しているではありませんか?


親の役割をすでに放棄している人間が、

「子供の為」という大義名分を今更のように持って来る・・・


子供を哀しませたくないから離婚したくない・・・?

すでに子供を哀しませてから久しいのではありませんか?


生前の私の父が言いました、

「過ちとは、1回目なら間違いで許せる。

 2回目以降を同じ過ちをするのはただの馬鹿だ。」と。


そう言っていた父が、

その同じ過ちを繰り返さなかったか・・・は甚だ疑問ですが、

的を外した言葉ではないのでしょう。


人間とは過ちを犯すものだから・・・と、

人が神でもない以上、

「何度でも許します。」とは言わないのでしょうね。

ただ、過ちに気づかないならば未だしも、

過ちに気づいても尚、

改められない、そうして修復すらできないならば、

父が言うように馬か鹿のような存在なのかもしれません。

いいえ、

馬や鹿ならば、

たった1度受けた痛みを覚えてしまい、

二度と同じ道(過ち)を通ることはないでしょう。


世の中には、生涯「母として」また「父として」生きられない人間が存在します。

子供の哀しみに気づく以前の段階の人間です。


どちらかが気づいていれば余計な哀しみなど避けられるでしょうに。


お互いが同じ方向を見れないのなら、

別の道を選択する以外の道はありますか?


お互いを罵り、お互いを憎み・・・

そんな道をお互いの命が尽きるまで歩むというならば、

夫婦でなくとも「破綻」した人間関係です。


人と人との関係に「心」が伴わないならば、

すでに「破綻」しているのです。

このことに気づくことなのでしょうね。


真意から「やり直す」とは、

自分自身の歩んで来た道を見つめ直し、

お互いを責めることを止め、

どこに向かいたいか・・・を見極めることです。


あなたが誰かを責めるあいだは、

同じことが簡単に起きるものです。


あなたは誰ですか?

あなたは一体誰ですか?


あなたの尊い子供の母親ですか?

あなたの尊い子供の父親ですか?


あなたにしかできない役割があるのですよ。

あなたにしか歩めない道があるのですよ。


エゴに満たされた心に気づき、

エゴに生き続けていた自分に気づき、


そろそろ自分以外の誰かのための道に気づきましょう。

それが「生かされる」ということではないでしょうか?

それが「愛」ではないでしょうか。


あなたの心は明日も同じでいいのですね?

あなたの心は来年も同じでいいのですね?


誰かを変えようとする必要はありません。

順番を誤ってはなりません、

あなた自身が先ずわが道を振り返りましょう。


今年あなたは誰に出逢いましたか?

あなたはその人を自分と同じように大切にしましたか?

誰ひとりとして尊くない存在などいないのですよ。


その尊さを自ら手放さないでください。

あなたが手放すから手放されるのですよ。


愛をこめて・・・

あなたに贈ります。
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by miyabinahiro | 2010-12-30 10:20 | 気づき | Comments(0)



見つめるのは相手じゃなく自分なのね

あなたは一体 誰ですか?
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by miyabinahiro | 2010-12-29 22:44 | Comments(0)

彼らから学ぶこと





地上最大の陸生動物と言われる彼らであっても、

きっと、

「自分が何をしているかわからない」

・・・などと思わないのでしょうね。


わが子を慈しみ、

全身で守り、

生きる術を伝えていくのでしょう。


その生き方に疑問を持たないと思います。


人間の中には、

ホッキョクグマが知っていることを知らない人間がいます。


自分が何をしているのかわからない・・・と言う人間の気持ちなど、

ホッキョクグマには理解できないことでしょう。


わが子を手にかける人間の気持ちなど、

愛を知っているホッキョクグマには理解できないのでしょう。


未だに止まない親の虐待に因る哀しい事件を、

彼らが知らないことが救いです。

なぜなら、

人からだけでなく、

彼らにも見放されてしまいますから。


愚かな人間は、

それでも自分のために何かを求めるというのでしょうか。

誰かのために生きよう・・・などと、

きっと、生涯気づかないのかもしれません。


自分が何ものかすらも知らずに、

どこに向かおうというのでしょう。
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by miyabinahiro | 2010-12-29 14:55 | 子育て | Comments(0)

メッセージ


こんな言葉を聞いたことがあります。

「この人は私がいないとダメなのよ。」

ダメな男ほど惹かれる・・・

いつの世も似たような比喩をされる男性は存在するものです。


まぁ・・・大体は、その女性が言う「この人」は、

あなたがいなくても大丈夫な生き物ものです。

あなたのその思い込みの愛は、

自分自身への自己満足の思い込みでしかないと思います。


ただ・・・多かれ少なかれ、

その思い込みがあるからこそ夫婦なるものが成り立つのでしょう。

夫婦である以上、妻と夫を別々に見るのは不自然なものです。

その夫に「似つかわしい」妻が傍にいるのも世の常です。



私自身が思い出したくもない男性がいます。

自分の言葉に責任を持てない男性とは、

つまり「自分にすら責任を持てない男性」です。

そんな男性の傍にいたい・・・という女性がいます。


「イヤなら別れればいい。」とは、

故若山富三郎氏の言葉です。

正しくこの言葉に尽きると思います。


苦労をともにする・・・とは、

お互いにとっての「未来」があるからこそです。

夫婦どちらかの失態の尻拭いなど苦労とは言いません。

失態を苦労とは読まないのですよ。


夫の失態は妻の失態です。

妻の失態は夫の失態です。

そう思えないなら「夫婦の甲斐」がないのでしょうね。


来年こそは、

いいえ、今この瞬間から、

「私がいなければダメな」あなたの旦那の悪口や、

「俺がいなければダメな」あなたの女房の悪口は止めましょう。


聴いているこちらまでイヤな気分にしてしまう夫婦の愚痴など、

あなたたちだけでなく、

誰ひとりも幸せになどしないのですから。


「ダメな男」に出逢ったなら・・・

あなたが「どうかしている」という赤信号です。


相手の男性を見れば「その男性に出逢ったときのその女性の心理状態」まで判るものです。


どうぞ、ご自身を大切に生きてください。
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by miyabinahiro | 2010-12-29 10:31 | 気づき | Comments(0)

おおそうじ


家や会社の大掃除は済みましたか?

よーし!

それでは次は、

ご自身の心の大掃除ですね^^

毎年、心を綺麗にすることを忘れちゃう人って多いのよ^^


そのままのあなたの心を来年まで持ち越せますか?
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by miyabinahiro | 2010-12-29 09:41 | 気づき | Comments(0)