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不機嫌を抑えよう


不機嫌は、あらゆる害悪のもとです。


子供は、不満があっても、それをうまく表現する言葉を持たないし、

大人と対等にわたり合うこともできないので、

すねたり、だだをこねたりするという手段を用いるのもやむをえません。


しかし、結局、不機嫌からは何も解決策は生み出されないし、

むしろ事態を悪化させるだけであるということを学ぶことが、

大人になるということではないでしょうか。

不機嫌の原因が他人のせいであっても(たいていの場合、他人のせいですが)、

自分が不機嫌になるということが、子供じみた行為であることを認識すべきでしょう。


他人に腹が立ったとき、

怒りにまかせて文句を言ったり、仕返しをしたりすることが、「他人に勝つ」ということではありません。

また、人を許すことは、「負けて引き下がる」ことでもありません。

そもそも、人間関係に勝ち負けなど存在しませんが、どうしても勝ち負けにこだわるなら、

「どちらが大人か」という点で勝負すればよいのです。


嫌なこと、辛いことは避けられなくても、不機嫌は心がけ次第で避けられます。

「ムカツク」「キレル」などという言葉は、自分の甘えや弱さから出てくるものです。


不満があるなら、知恵をしぼって、前向きな解決策を考え出すべきでしょう。

それができない自分、いいたいことをはっきりいえない自分へのふがいなさが、

ますます不機嫌を増幅させてしまうのです。

自分をごまかしてはいけません。

誰も、不機嫌な人と仲良くしたいとは思わないでしょう。

ニコニコと機嫌よくしていれば、自然とまわりに人が集まってくるものです。

他人に媚びを売るというのではありません。

媚びを売るのは、自分に自信のない人です。

笑顔で他人に接するということは、相手を尊重するということです。

自信に裏打ちされた、精神的な強さが要求されます。


朝、目を覚ますと、まっさらな一日があなたを迎えてくれます。

さて、あなたは、今日という日を、にこやかに楽しく過ごしますか、

それとも、イライラと腹を立てて、台無しにしますか。




出典:たかたまさひろさん 「不機嫌を抑えよう」

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by miyabinahiro | 2016-12-31 12:53 | たかたまさひろさん | Comments(0)

たかたまさひろさんの言葉

他人を「気が利かない」と非難する人は、

自分よりも気が利く人から

「お前は気が利かない」と非難されても、

文句を言ってはいけません。


他人を知識が浅いとバカにする人は、

自分よりも教養のある人からバカにされても、

仕方がありません。


そう考えると、私たちは、

うかつに他人を非難してはいけない、

非難する資格などない、

ということに気づきます。




自分にとってどうでもいい人、

嫌いな人に批判されたからといって、

気にすることはありません。


嫌いな人にどう思われようが、

どうでもいいことではありませんか。

言いたいことを言わせておけばよいのです。






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by miyabinahiro | 2016-12-31 12:47 | たかたまさひろさん | Comments(0)

『他人に期待することをやめよう』

謙虚さを忘れ、傲慢になって来た・・・と気づくうちはまだいい。

謙虚という字を書いてみましょうか。

傲慢のくせに「傲慢」という字を書けないなんて。





『他人に期待することをやめよう』


他人に対して、期待をしてはいけません。

そう言うと、何だか冷たいことのように思われそうですが、そうではありません。

親友や恋人を信頼し、尊敬し、感謝するのはよいのですが、期待をするのはよくありません。

他人に期待するとは、「自分に何らかの利益をもたらしてくれることを当然のように要求する」ことです。

親友なら、恋人なら、こうしてくれて当然である。

――そういう考え方が、結局は自分を苦しめます。


信頼していた恋人に裏切られた時、人は大きなショックを受けます。

しかし、そういう時こそ思い出してください。

あなたは、なぜその人と付き合っていたのですか。

誰かに強制されたわけではありません。

見栄や義理のためでもありません。

もしそうなら、そもそもそれは本当の愛ではなかったのですから、真剣に悩む必要もありません。

自分が付き合いたいから、付き合っていたのです。

自分の頭で判断し、付き合う価値があると見込んだから付き合ったのです。

付き合ってくれた相手に感謝こそすれ、恨む理由があるでしょうか。



他人に期待をしてはいけません。

それは決して、人間不信や悲観主義にもとづく考えではありません。

他人に何かを要求することの方が、よっぽどみにくく、浅ましい考え方です。

「私のこと好きなら、もっと気を遣ってよ」

「俺のこと好きなら、言うとおりにしてくれ」

そのような言葉を吐いたことはありませんか。

「自分のことを好きなら~」という条件付きで相手に何かを要求するのであれば、

嫌われればそれで終わりです。

しかし、そういう人にかぎって、嫌われれば今度は相手を恨むのです。

いずれにしろ、他人というものを「利用価値があるか、どうか」という見方しかしていないのです。

もし、あなたが愛する人に裏切られて傷ついているなら、自分に言い聞かせてください。

「私は、自分が愛したかったから、あの人を愛したのだ」と。

幸せを感じている人は、まわりのすべての人から理解されているわけではありません。

「他人は自分を理解してくれなくて当然、

してくれた人には心から感謝しなければならない」と考えているだけです。


不幸な人とは、「他人は自分を理解してくれて当然、してくれない人には怒りを感じる」と考えている人です。

「当然」か「不幸」かしかないのですから、いつまでたっても幸せになれるはずがありません。




出典:たかたまさひろさん

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by miyabinahiro | 2016-09-24 18:56 | たかたまさひろさん | Comments(0)

腹が立ったときが、自分を見つめ直すチャンス



『腹が立ったときが、自分を見つめ直すチャンス』


他人の言動が気に障ったときこそ、自分の過去を振り返ってください。

「私は、これまで一度も、他人に迷惑をかけずに生きてきただろうか。

知らぬ間に他人を傷つけてしまってはいないだろうか」


他人に何かをしてあげたのに、感謝の言葉が返ってこなくて、悲しいと感じたなら、よく思い出してください。

「私は、他人に感謝すべきことに、きちんと感謝を示しているだろうか。

何かをしてもらうことを当然と考えて、感謝の心を忘れてしまっているのではないだろうか」


他人に侮辱的な態度をとられて憤慨したときは、自分の言動を省みてください。

「私は、他人に接するとき、誰に対しても誠意を示し、相手の人格を尊重しているだろうか。

相手の身分や身なり、性別や貧富の違いによって態度を変えてはいないだろうか」


恋人や友人が、自分の望むとおりのことをしてくれなくて、

腹が立ったときは、自分の胸に問いかけてみてください。

「私は、つねに相手の望むとおりのことをしてあげているだろうか。

人それぞれに性格も価値観も違うのだから、望むことは異なっていても当然ではないか」


いい友人がいないと嘆く前に、思いを巡らせてみてください。

「私は、はたして誰かから『いい友人』だと思われているだろうか。

自分が誰かを求めているのと同じくらいに、自分は誰かから必要とされているだろうか」


仕事がつまらない、やりたい仕事が見つからないと、やけを起こす前に、反省してみてください。

「今の仕事を、プロ意識をもって完璧にこなしているだろうか。

つまらない仕事さえ完璧にできない自分に、それ以上のことができるだろうか」


自分の気持ちを誰も理解してくれないと悲観する前に、考え直してみてください。

「私は、他人の気持ちを理解してあげているだろうか。

自分の気持ちばかりを一方的に押し付ける人を、積極的に理解してあげられるほどの寛容さをもっているだろうか」


腹が立って不愉快な思いをしたとき、

人間は、本能的に、「これは自分のせいではない」という言い訳を見つけようとしてしまいます。

しかし、本当に自分の責任の範囲外のことであるなら、それほど腹は立たないものです。

「自分の力でどうしようもないことは、いくら考えても仕方がない」とあきらめられます。

自分の心のもち方の問題であるのに、

その責任を何とかして転嫁しようとするとき、矛盾にさいなまれて、堂々巡りになって、

そんな自分に腹が立ち、気が晴れないのです。


自分をごまかそうとするより、すべてを自分の問題として考えることの方が、

実は、はるかに気が楽なことなのです。

腹が立ったときは、そのエネルギーを、勇気を出して自分にぶつけ、

自分を成長させるために使ってみてください。

自己嫌悪に陥って、自分の価値を下げることになるのではないか、という心配はいりません。

怒りを心にためておくことの方が、よっぽど精神に悪いことです。


怒りという害悪にしかならない感情を昇華させ、自分の心を清めてください。

真摯に自分の心と向き合えば、きっと自分に素直になり、自分を好きになることができるはずです。



出典:たかたまさひろさん




自分を解放するもしないも、きっと、自分の心の持ち方、心の向き次第なのでしょう。


自分を苦しめているのは、自分自身かもしれませんね。

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by miyabinahiro | 2016-01-11 07:11 | たかたまさひろさん | Comments(0)

見る目がないから



見る目がないから


草書や抽象絵画などの書画は、

初心者にはわけが分からず、どれも下手くそな落書きに見える。


高尚な文学も、

意味を理解できない人にとっては、退屈なものでしかない。


価値のある骨董品も、

素人にかかれば、ただのガラクタである。


しかし、ちゃんとした鑑識眼のある人には、

よいもの、悪いものの見分けがついているのである。


よいものを見る目をもつには、

自分がそのレベルまで達していなければならない。



人を見る目も同じだ。


他人の嫌なところばかりが目につくのは、

自分のレベルが低いからである。


(文・たかたまさひろ)

























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by miyabinahiro | 2015-11-27 23:47 | たかたまさひろさん | Comments(0)

だが、不幸ではない



だが、不幸ではない


泣きたいときもある。

だが、不幸ではない。

腹の立つこともある。

だが、不幸ではない。

不安に襲われることもある。

だが、不幸ではない。

思いどおりにはいかないこともある。

だが、不幸ではない。

苦難や障害は、

人生をドラマチックに彩る飾りつけだ。


現実が幸か不幸かを決めるのではない。


「私は不幸だ」と自分で決めたとき、不幸となるんだ。


(文・たかたまさひろ)

























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by miyabinahiro | 2015-11-27 21:28 | たかたまさひろさん | Comments(0)