カテゴリ:弟( 6 )

あぁ記憶ちがい^^

3才下の弟の誕生日は8月30日、

私は何を勘違いしたのか、9月30日直前に、

「もうすぐ誕生日ですね、おめでとう。」との手紙を出した。

さっき、・・・ふと思い出し、「あれっ、なんかへんだ。」と気づいた。


改めて、誕生日おめでとう。


すでに過ぎていたのね^^

ご自愛ください。

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by miyabinahiro | 2015-10-02 13:51 | | Comments(0)

研修での再会

ケアマネの更新研修にて。


ある施設の施設長さんは私と同郷だった。


東北の震災の話しから同郷だと知った。


話す内に、小学校も同じ母校だったことを知り、

何時しか思い出話しに花が咲いていた。


その施設長さんから、


私の名字は旧姓か?との質問が出た。


・・・その施設長さんは、


私の弟の同級生だった。


聞けば、小学生の頃に私の家に遊びに来てくださったことがあるという。



もしかしたら、

小学生だった私にも会っていたのかも知れない。


再会に感謝致します。




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by miyabinahiro | 2014-04-03 06:25 | | Comments(0)

愚か者へ

兄が第一志望ではない医大に現役合格した時、

兄は父に土下座した。


『1年だけ浪人させて下さい。

慈恵会医大をもう1回だけ受験させて下さい。』


無論、父は許さなかった。


『来年慈恵会に合格する保障があるのか?』



末の弟が医大に現役合格した。


あの時の父と母の慶ぶ姿は今でも脳裏に焼き付いて離れない。




父と母がいたからこそ、末の弟も他の弟も医師になれたのだ。


末の弟は、


最終学歴が高卒の優しくもない女性を結婚相手に連れて来た。



父の後継者だった兄が亡くなり、

何の疑問もなく後継者に成るはずだった弟は独立開業した。



母が創始者の加藤病院は、



兄の妻によってその看板を下ろされた。




末の弟は女房の言いなりになり独立開業などをしてしまった。



真実を知らぬ者たちは、

面白可笑しく物語を創りあげ、

今も愚かな軌跡を築き上げている。


愚か者よ。

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by miyabinahiro | 2014-03-03 07:33 | | Comments(0)


直ぐ下の弟を想う。


他界してから16年が経とうとしている。


写真は若いときのまま笑っている。


婚約者がいた。


新宿署の刑事さんが優しくこう言った、

『安らかなお顔でしたよ。』


兄の妻の独裁により、

私は弟の亡骸に会えなかった。

だから、今でもどこかで生きているような気がする。



逝った弟が、私たち兄弟を結んでいた。



立ち居振る舞いやものの考え方が、私の息子にそっくりだ。



涙が溢れる。


涙が溢れる。

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by miyabinahiro | 2013-09-12 12:09 | | Comments(0)


二つ下の弟からこんなことを言われました


姉貴がやったことは 俺がやったことと同じなんだよ

姉貴が誰かから責められるなら 俺も一緒に責められるから一人で苦しむな


俺は最後でいいよ 

それが弟の口癖でした


それなら誰よりも一番最期でいて欲しかった


姉貴は北海道に行ってやっと幸せをつかんだんだ

邪魔したくない


生前 そう婚約者に言っていたと聞きました


触れることも 話すことも ケンカすらできない今だけが残りました

永遠の別れの慟哭が今の私を創りました


哀しみは終わりにしましょう


生かされていることに

どうか 気づいてください

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by miyabinahiro | 2009-08-06 22:18 | | Comments(5)

祈り





婚約者を残して他界した弟が好きだった曲です

どうぞ 人も自分も大切にしてください

人は生かされているのです
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by miyabinahiro | 2009-03-06 22:44 | | Comments(0)

虎なmakoです。


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