子の父


昨日、息子が10年ぶりに父親と話しをしました。

私にとっては既に他人になった人です。


養育費は絶たれ、これからも連絡することはないだろうと思っていました。

息子が中学校入学のときも、高校入学のときも、なしのつぶてでした。

正しくは私から連絡しなかったのですから、

なしのつぶての「再三、連絡したが・・・」の語源には当てはまらないのでしょう。


なぜ今頃になって・・・なのかは書かないでおきます。


私にとってはどういう存在であれ、

息子にとってはこの世でたったひとりの父という存在です。

『(パパは)今年61になるんだって。』と息子が言いました。

あぁ・・・そんなになるのか。

現在も事業を続けているのだと知りました。


出逢った頃のあの人は本当に輝いていました。

知る人ぞ知る、いいえ知っている人だけが知っている有名な人です。

結婚当時は、周囲の女性からかなりの妬みを買いました。

あの人の辞書に「結婚」という文字はなかったのでしょう。

大袈裟かもしれませんが、

「人気がある芸能人の妻とはこういう想いをするのだろうな。」

・・・そんな錯覚を抱いたものです。


私にもしものことがあった場合、息子はどうなってしまうのだろう・・・

そんな心配が常にありました。

息子は私に遠慮して、あの人とは連絡を取らずにいることは知っていました。

「このままでいいはずがない。」


息子が高校を卒業した後のことを話し合ったそうです。

『どんなことがあってもhiro(息子)を応援するから。』と言ったと聞きました。



あと1年で息子と私はこの土地を離れます。

どこへ移ろうとも、

息子には心のよりどころがあること・・・大きな心のささえです。



不思議なものです。

あの人との思い出はつらいことのほうが多かったような気がしていましたが、

今では水で洗い流された感覚があります。


あの人の年齢を聞き、私自身が老いて来ているのを知った所為かもしれません。

(あ、誤解なきように・・・私とはかなりの年齢差があります。)


「子供の為」という選択があります。

「子供の為に」と信じて歩みだす道があります。


その道は、

本当に子供の為になっているのだろうか。

そう想うこのごろです。

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by miyabinahiro | 2013-01-15 20:12 | 子育て | Comments(0)